home > 設計者で巡るゴルフ場 > 日本人ゴルフ場設計家 > 尾崎将司 設計コース一覧

尾崎将司 ジャンボ尾崎 設計コース

尾崎将司(ジャンボ尾崎)が設計したゴルフ場を紹介。1947年徳島県海部郡宍喰町生まれのプロゴルファー。第36回春の選抜甲子園大会で徳島海南高校のエースとして優勝。翌年西鉄ライオンズに入団したものの目立った活躍はできず退団。退団後、プロゴルファーを目指し、千葉カントリークラブで働きながら練習を積み、1970年のプロテストに一発合格。ゴルフ人気の最盛期、1970年代から1990年代に、ゴルフ界の第一人者として、賞金王12回、ツアー優勝113回の記録を作る。設計監修コースは、何度も跳ね返された海外のゴルフコースからヒントを得ている部分もあり、日本のゴルフ場のようなアプローチとパットだけで攻略出来るようなコースを良しとしない、難易度の高い設計コースが多い。飛ばし屋のジャンボならではの、ドライバーで飛ばして、ロングアイアンでコースを攻略するロングディスタンスのゴルフ場のほか、グリーンを外した時に高難度のアプローチが必要となるようなガードバンカーの配置などに特徴がある。2025年12月23日午後3時21分、大腸がん(S状結腸がん)の為死去、78歳。

 

尾崎将司 代表的な設計コース


袋田の滝カントリークラブ

「袋田の滝カントリークラブ」は、日本ゴルフ界のレジェンド、「ジャンボ」こと尾崎将司氏が設計監修を手掛けた戦略性の高いチャンピオンコースです。かつて「鷹彦スリーカントリー」の名で親しまれたこのコースには、ジャンボ尾崎のゴルフ哲学が随所に息づいています。ここは単なる監修コースという枠を超え、かつては最強軍団といわれた「ジャンボ軍団」の拠点として、多くのプロたちが切磋琢磨した伝説の地でもあります。ジャンボ尾崎のゴルフ哲学が色濃く反映されたレイアウトは、圧倒的な飛距離を活かした豪快な攻めを許容する一方で、緻密なコースマネジメントを要求する戦略性の高さを兼ね備えています。まさにジャンボ軍団のスピリットが息づく場所であり、プレーヤーは一打ごとに「攻める勇気」を試されることになります。>> 袋田の滝カントリークラブ 詳細

 

Jクラシックゴルフクラブ

徳島県阿波市に広がる「Jクラシックゴルフクラブ」は、地元・徳島が生んだ偉大なレジェンド、「ジャンボ」こと尾崎将司氏が自ら設計監修を務めた四国屈指のチャンピオンコースです。このコースには、ジャンボ尾崎が長年のキャリアで培ってきたゴルフ哲学が余すことなく注ぎ込まれています。最大高低差がわずか10メートルという極めてフラットな地形を活かしながらも、要所に配置された大小の池やバンカーが、プレーヤーの「攻める勇気」と「緻密な戦略」を厳しく問いかけます。一見すると広々としたフェアウェイに誘われますが、一打ごとに明確な意図を求める設計は、ジャンボが理想とした「ドラマチックなゴルフ」を具現化したものです。ふるさとの徳島、尾崎将司の聖地といっていいゴルフ場です。>> Jクラシックゴルフクラブ 詳細


尾崎将司 設計コース一覧

No コース名 所在地

開場年

コースレート

他設計者 

1

随縁カントリークラブ恵庭コース

北海道

1990

72.8

2 ルスツリゾートゴルフ72タワーコース 北海道 1988

3 袋田の滝カントリークラブ 茨城県

1987

74.0
4 ベイステージカントリー倶楽部 茨城県

1995

尾崎建夫
5 石岡ウエストカントリークラブ 茨城県

1990

72.2 (AG)
6 キャメルゴルフリゾート 千葉県

1995

薄井茂
7 佐久リゾートゴルフ倶楽部 長野県

1999

18 津カントリー倶楽部 三重県

1990

73.9
19 富士スタジアムゴルフ倶楽部 北コース 滋賀県

1998

71.7
20 富士スタジアムゴルフ倶楽部 南コース 滋賀県

1996

73.4
23 Jクラシックゴルフクラブ 徳島県

1998

74.8
25 ザ・マスターズ天草コース 熊本県

1996

73.3

多くのコースはコース設計家である佐藤謙太郎氏との共作。またゴルフ名称の変更や閉鎖しているゴルフ場があります。ベイステージカントリークラブは2015年に閉鎖。

 

スポンサードリンク

 

尾崎将司 設計コース 関連リンク

尾崎将司 設計コース 関連リンク